いつかきっとがもう間近

現のこと、夢のこと、

自己評価の低い私が、ようやく理解した事実について。

同じ人間なのに、同じ年齢なのに、同じ学歴なのに、同じ性別なのに、

何故か「差」というものはあるもので、

それは、生まれ育った環境からくるものなのかも知れないとか、

それは、見た目の優劣・美醜からくるものかも知れないとか、

いろいろとガッカリした気持ちで考えてきました。

 

最近になって、鈍い私がようやく理解したことがあります。

 

悔しい、情けない、そんな心の叫びを

言い換えると

個人的な、くだらない、他人にとってはどうでもいい、心の叫びを

堂々と口に出せる人が、自己評価の高い人だと思います。

 

自分のやりきれない気持ちを一つずつ、丁寧に言葉にして

誰かに伝えること、

他人にとって自分の愚痴めいた話は聞く価値もないだろうとは、決して思わず考えもせず

堂々と愚痴を言える人は、自己評価が高い人なんでしょう。

 

丁寧に自分の気持ちに向き合っている、そんな姿勢を真摯な気持ちで受け止めるべきなんでしょう。

 

 

でも、なかなか言えませんよね。自己評価が根っから低い人間にとって、

他人に、いえ、身内にさえ、自分の悔しい気持ちを言葉にして伝えるなんて

とてもできません。せめて、深い深いため息を柱の影でするくらいのものです。