いつかきっとがもう間近

現のこと、夢のこと、

寒気がする紋切り型

お題「読書感想文」

 小学生の頃、国語の宿題で年に一度は「読書感想文」がでた。新聞社主催のコンクールに、学校で応募するためだったと思うが定かではない。

 国語が大の苦手な私は、作文というものが嫌いだった。読書感想文なんて、さらに嫌いだった。その理由は、何故、自分が思ったり感じたりしたことを採点されなければならないのかというものだった。もちろん、自分が思ったり感じたりしたことを高得点で採点されていたならば、苦手意識は作られなかったと思う。

 しかし、宿題なのでしないわけにもいかない。まず、なんの本を読むかでしばらく悩む。長い本は読みたくない。さっさと宿題を終わらせてしまいたいがために、なるべく薄い本を探した。その本が、『チップス先生、さようなら』。今となっては、その文庫本の表紙に印刷された老紳士と子どもの絵しか覚えていないが、郷愁が漂うはかなげな小説だったように思う。もちろん、何十年も前のことで、よく覚えていないので、間違っていたら申し訳ない。ただ、その本は難解な本で小学生の私の頭では理解ができなかったので途中であきらめたような気がする。まあ、その程度の感覚の感想文をさっさと書き上げたのだ。

 文字数を増やすために、あらすじを書く。次に、登場人物のワンシーンを取り上げて、自分ならこうしなかったとか、自分ならこうしたとか書いて、まとめで本を読んだことで、これからこうしていこうと思う、などと宣言して終わるのだ。

 もちろん、私のそんな見え透いた読書感想文はコンクールにも送られることなく、宿題忘れの汚名だけは逃れた。

 クラスメートに飛び抜けて感性豊かな女子がいた。その子は毎年、コンクールに入選していた。だが、一度もその子の書いた読書感想文を読む機会がなかったので、何故、私と違ってその子が入賞しつづけるのか、わからなかった。もちろん、知ろうともしなかったが。

 ある年、はじめてクラスの皆の前でその子が入賞した読書感想文を読んだ。担任の先生がその子以外の子が書いた感想文のひどさに辟易して、姿勢を正そうとしたに違いない。

「ああ、無情。なんて悲しい言葉だろう」に始まって、後は覚えていない。だが、その文章の始まり方にびっくりした。そうなんだ、これなんだ。その子の感情が文章に飛び散っているように思った。

 それでも、読書感想文はやっぱり嫌いで、寒気がするのを我慢して紋切り型で、さっさと宿題を終わらせていったのだが。