いつかきっとがもう間近

現のこと、夢のこと、

バスが好き

お題「好きな乗り物」

 遊具ならばブランコが好き、遊園地ならジェットコースター、そして交通手段としてならばバスが好きだ。この3つの共通点は目線が高くなることとスピード感だ。

 子供の頃はブランコの立ちこぎが好きだった。膝を屈伸して勢い付けると、ふわっと体が持ち上がって、握っていた鎖が掌に食い込むような重圧を感じた瞬間が好きだった。その時見えた雲の形は王様の冠や象の鼻。空は真っ青で、どこからかドーナツを揚げた匂いがしてきた。

 大人になってジェットコースターで両目を開けるとコワくない!という自分の体質に気づいてから、遊園地ではジェットコースターが好きになった。限りなく垂直に近い坂をゆっくりゆっくり焦らしながら上り詰め、さあここからショーの始まりだよっと一気に奈落に落ちていく、あの瞬間にみる景色がたまらなく好きだ。全てのものが手に入りそうな、いや違う、見える景色の全てと自分が一体化するような満足感がとてもいい。

 しかし、ブランコもジェットコースターも、遠い過去の好きな乗り物になってしまった。今は年に何度か平日の昼間、ガラガラに空いているバスに乗るのが好きだ。500円近いバス賃を払って、終点で降りてから歩いていける本屋に買い物に行き、また帰ってくるというだけの交通手段だが。

 平日のバスのいいところは、窓辺に座れること。視界が高く広い。いつもは見えない光景がバスに乗れば見えてくるのも、面白い。たとえばバス通りに建っている細いビルの3階で、踊り場に椅子を出して腰かけているおじいさん。手には杖を握っている。きっともう外に出るには歳をとりすぎているのだろう。だからそうやって、高い場所から生きてきた町を見守っているのだろう。そんなことをバスが信号にひっかかっている間に見たり思ったりする。そして信号が青になれば、また違う風景をバスは見せてくれるのだ。

 私は日頃、バイクや車を運転している。自分で運転していると、左右前後しか注意を払わない。交通安全以外のことを考えるゆとりはないのだ。だからバスは私にとって、ブランコやジェットコースターと同じ、どこか開放的で遊び感覚のある乗り物なのだ。