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いつかきっとがもう間近

現のこと、夢のこと、

図書館に思うこと

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  図書館に親しむようになったのは、中学時代からだ。父が転勤族で短い間だったが山口に住んでいたことがある。そこの住居は5階建ての古いアパートで、私にあてがわれた部屋は4疊半の部屋に2段ベッド、そばに学習机という狭苦しさだった。宿題に疲れて背伸びしようものなら、椅子の背がベッドの枠にガツンとあたった。

図書館に学習室がある」と知ったのは姉からだったかもしれない。家と学校の直線上にない場所にわざわざ足をのばすのは、中学生としては冒険だった。クラブ活動がない土曜日だったと思う。クラスメートやクラブで話す子はいたが、図書館に行こう!と誘える友達はいなかった。一人でトコトコ歩いて行った。その道中の景色はまったく記憶にないが、図書館に着くと、見渡すほどの広さに驚いて、書庫にはどうやってたどり着いたらいいのか戸惑って立ちすくんでしまったことは憶えている。

 それからクーラーのないアパートの狭い部屋で勉強することは少なくなり、穏やかで優しげな司書のお姉さんの微笑みに背おされて、何もない休みには必ず図書館に通うようになった。その当時、図書館には高校生以上の学生が多く、中学生以下の子供たちも30歳以上のサラリーマンや主婦の人たちも少なかったように思う。図書館は文学を好む学習者たちの憩いの場所という色が濃かったように思う。

 

 図書館には今でも月に一度は本を返却に行く。返却にいくには初め本を借りなくてはならないのだが、昨今はインターネット予約といって自分の読みたい本を予約すると、書庫をぐるぐると探しまわらなくても、探してくれて「見つけました」とメールで連絡までしてくれる。しかも無料だ。気軽に本を楽しむことが出来るし、必要な本を探しに図書館までいって時間をかけて探したのに、結局、他所の図書館から取り寄せるので1週間後に来てください、なんて無駄足もなくなった。

 

 最近は時間調整で図書館に寄ることが多くなった。そんなときは好きな作家の本を探すことはなく、入って右側にズラリと並ぶマガジンラックの中から目当ての雑誌を手に取り、ゆったりとしたひとり掛けのソファに座って、隙間時間を埋めていく。私の好みの雑誌は『婦人公論』。下世話なテーマばかりなので、読んでいる内容を通りすがりの人に見られると恥ずかしいので、少し雑誌をたて加減にして読んでいく。嫁姑の確執、人付き合い、子育て、老後の暮らしなどなど。どれもこれも興味深く、だが夫や他人に話すと面倒くさがられる話ばかりだ。あっという間にスキマ時間が埋まり、慌ただしく老眼鏡を鞄にしまい込み、雑誌を元のラックに納めて忙しげに図書館を後にするのだ。

 

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