いつかきっとがもう間近

現のこと、夢のこと、

贈り物を考える月はいつも、

 

 

 12月になるとネットショッピングサイトで1日が暮れる。さっさと、ポツッとボタンをクリックして買ってしまえばすむのに、画面を見ながら頭の中で贈られ主の顔達を思い出し、その思い出した表情を解読して「これじゃないよな」「やっぱりこっちかな」と迷いに迷う。

 

 今一番迷っているのが成人を迎える息子のための贈り物だ。娘のクリスマスプレゼントは先週テレビを見ていてすぐに決まった。私が欲しいと思ったものでほぼ間違いがないので、速攻で決まる。私が欲しいものを娘も欲しがるとまでは言わないが、少なくとも贈ってがっかりされても後悔をしなくてもすむのだ。もちろん、30も歳が離れているのだから、趣味趣向は私とはかけ離れているので、「何色が好きだっけ?」「こんなん、もらって嬉しい?」と一応LINEで聞いてみる。娘は「うれしい!そんなん、欲しかったんよ」と好反応を示してくれる。だがこれが息子だと話は変わる。

 

「何がいいかな? これはどう?」なんて私も聞かない。息子が14歳になった頃から聞かなくなった。「何にもいらない」「欲しくない」「僕はいいから」という返事をくれるならまだマシだ。私が何を話しかけても無反応になった息子の思春期。その間、私は人間として親として自分の出来の悪さに絶望して、もがいて、立ち直った。贈り物とは何か。贈られ主に喜んで欲しいと切に願う身勝手極まりない自己表現だ。それを受け取りたくなかった息子はきっと、そのエゴイズムに気づいていたからだろう。安心したいから、満足したいから贈りたいんだろう! と、思われていたに違いない。

 

 だから今日もネットサーフィンして1日が過ぎていく。成人の祝い/ 男性 で検索をかけると、スーツ、長財布、ネクタイ、カフス、腕時計、高級ボールペンなど沢山でてくる。その中で焦点は既に決めてはいるのだ。高級ボールペン。私も若い頃、モンブランのバカ高いボールペンを嬉しそうに使っていたことがある。下手糞な私の文字さえも意識にのぼらせないくらいスラスラとなめらかに書けるのだ。重みがあって、温かい。至福のボールペンだった。だが、問題があった。インクカートリッジが5000円くらいしたので、結婚初期の貧乏暮らしの時にインク交換をやむなくあきらめる羽目になったのだ。あの空しさ、どういったらいいんだろう。「きみ、身の程知らずだよ」とモンブラン様ファンの方々に囁かれた気分だった。だから、迷う。焦点は高級ボールペン。そして、「 Parker」がいい。パーカーのボールペンも持っていたのだが、実は手汗や何かで美しいボールペンのボディが汚れたようになったことがある。ああ、迷う。だが、迷うことが楽しいのだ。贈る行為、これはやめられない。